ITと雇用

 ITが招いたこと:

 ITの驚異的発達は、社会や産業の様々なところに「中抜き」という現象を招きました。

 雇用の場も、例外ではありません。
あらゆる業務のIT化が進み様々なロボットやCAD、パソコン、自動制御による様々な機器が社会や職場の場面に登場してきました。
ITの登場で入社間もない社員でも、マニュアルや作業手順書に基づいて行えば機器の操作はでき、会社に利益をもたらす事ができる様になったのです。

お陰で、年功序列型賃金によって世界の中で高止まりしてしまった日本人の賃金を、海外との厳しい価格競争の中でも守ることを可能とした時期もありました。

 そういうメリットがある一方で、中堅社員の職場がITに代わられたり、年数が経っても期待通りに社員が育ってこないなどという課題をもたらしました。

「中抜き」という、ITが招いた現象は単なる「効率」ではありません。
招いたのは、人が行う思考プロセスの「中抜き」、つまり「人」資源から<考える力>を削ぐこと...だったのです。

 ITと「人」−−資源としての強みと弱み:

 <考える力>が削がれるといわれても、ちょっとわかりにくいですよね。

パソコンで文書を作る時に必ず使う、漢字の自動変換という機能を取り上げてみましょう。

 日本語は非常に文字種の多い言葉です。
大陸の国々ではアルファベット一つで済むところ、日本では漢字/ひらがな/カタカナ/ローマ字/アルファベットと5つもあります。文字種も多い上に、漢字の読みも音訓と多彩です。
文字種の選び方にも、音訓の読み方にも「適切」とされる水準があって、その水準に照らし合わせることを自在に行うことで、人々の間で疎通が可能になる日本語は、多くの同音異義語を抱えている言葉でもあります。

 さて、そういう言語が日本語ですから、もし、パソコンを使わないとするならば、まず漢字を憶えておかねばなりません。
その上に適切に文字を選ぶには、文脈に合わせた適切な使い方も知っていなくてはなりません。
アルファベットのみで済む国々と比べて、いやはや大変な作業量が生じているのが日本語で記述するという作業です。

ですからパソコンが行ってくれる、文脈にあった適切な文字種や漢字が自動変換されるという機能はとても便利です。
あまりの便利さに、今日では少なくとも事務文書で手書きする事なんて殆どなくなってしまったのではないでしょうか。
パソコンの自動変換機能さえあれば、文脈に合わせて適切な文字を示してくれる、文脈に合わせることまではいかなくても、同音異義語をリスト化して選べるようにはしてくれます。

とっても、楽ですね。考える必要が無くて...。

ほら、「楽」ですよね。人というものは、この「楽」なことを一度手に入れたら容易に離しはしないものです。
漢字変換という作業の中で「楽さ」をもたらしているのが、この「考える」という活動を簡略化させてくれているバックヤードにいるのITです。
選べばよいのと、選ぶものを考え出すのとでは、大変さが大違いなのです。

選ぶものを考え出すという活動には、非常に個人差が出やすいのです。そこで、その活動を安定化させるために一定の条件を整えて、選ぶだけという活動の簡略化を図るために登場するのがITというわけです。

なので、ITは選択の条件さえ整えばどこにでも取り込まれ登場するのですが、「人」資源の最大の特徴はこの選択の条件を「考える」という活動なのです。

 つまり、ITが驚異的に発達してきて、便利になったのは良いのですが、一方で「考える」という力が「人」資源から脱落するのを促しても、いるというわけです。
でも、便利なので、ついつい使ってしまいますよね。
自動変換の発達で、今では辞書を引くことは殆ど無くなっているかもしれません。

ですが、組織が雇用というコストをかけて得たいのは、「考える」力です。
考える力を必要としない活動は、ほどなくITに代わられる。

パターン化は、ITの独壇場。得意中の得意なことがパターン化。
それと「人」資源が競い合うことは、最初から勝者のわかっていることで意味ないことです。
意味ないといっても、人はどこかで働くことから離れるわけには行きませんから、今日ITとの協働は前提です。

 ITとの協働を前提とするならば、ITの弱いところを「人」資源が補うことができれば、それがそのまま「人」資源の強みになります。

その代表的なことが、考える力ということなのです。ITは処理を、「人」資源は考える部分をという役割分担を、ゴールに向かって効果的に行う仕組みを整えること。これがITとの協働には必須です。

ところで、考える力を鍛えるには、設定されたゴールの意味するところを深く、広く解釈するところから始まります。
それを行えるようにするには、まず観察力を鍛えること。観察力を鍛えるには、変化に「気づく」ことが必須です。
「気づく」ということが、まず「人」資源とITとの違いを際だたせる入り口にあることです。

「人」資源の考える力の様子を観察するために作ったのが、「気づきチェック」です。